プログレの入門アルバム ― Pink Floyd 『The Dark Side of the Moon』 (1973) 【今月の名盤 2026年1月】

アルバム概要

今回紹介するのは、言わずと知れたロック史に残る名盤である、ピンク・フロイドの"The Dark Side of the Moon"です。光のプリズムを描いたアルバムジャケットがあまりにも有名なので(Tシャツとかでよく見る気がします)、ロックを聴かない人でもこのジャケットを知っている人は多いんじゃないでしょうか。

"The Dark Side of the Moon"は、プログレッシブ・ロックの代表的なバンドであるピンク・フロイドの8枚目のアルバムです。1973年にリリースされました。

彼らのアルバムの中でも最大のヒットとなった作品であり、現在も史上最も売れたアルバムトップ10に名を連ねているほど、売れに売れた(そして売れ続けている)作品です。このアルバムのヒットによってピンク・フロイドは実験的な作風のカルト・バンドから、一気にメジャーで活躍するモンスター・バンドへと変貌を遂げました。そしてその後も、"Wish You Were Here"や"The Wall"といったアルバムをヒットさせていくことになります。

商業的成功と作品の質は必ずしも比例しないものですが、少なくともこのアルバムは商業的な面だけでなく、作品の完成度という点においてもロック史や20世紀の音楽史に残るような水準になっています。実験性に富んでいながらも聴き心地のいい音作りや哲学的で暗示的な歌詞、それらが表現する普遍的なテーマ性、アルバム全体の構成の素晴らしさ、どれをとってもロックの金字塔に相応しいものになっています。

ちなみに、2023年に発売50周年記念盤のリリースなどを行っていたので、この作品が誕生してからもう半世紀以上経つことになります。あらゆる名盤に関して言えることですが、これだけの時間が経っても全く古さを感じさせず、むしろ画一的な現代のポップ・ミュージックと比べてその実験性や革新性に新鮮味すら感じるところに、時代を超える作品の力を感じます。

2023年のリマスター版は公式がYouTubeで全編公開してくれています。↓

ピンク・フロイド全盛期

このアルバムがここまで完成度の高い仕上がりになった理由として、この作品がピンク・フロイドの音楽性の一つの到達点であるという点が挙げられると思います。彼らの音楽性は活動時期によって割と変遷があるのですが、この作品はそれまでのサイケデリック・ロックや実験音楽の時代を経て、ついに掴んだ「彼ら独自のスタイル」のようなものが一つの作品に結実した集大成的なアルバムになっているのです。(そしてその萌芽が、前作"Meddle"のラストを飾る"Echoes"になると思います。)

時計の音やレジスターの音などの様々な効果音を駆使したサウンドコラージュ、リチャード・ライトのキーボードによる浮遊感のあるサウンド、デイヴィッド・ギルモアのギターソロ、そしてロジャー・ウォーターズによる哲学的な詞、これらすべての要素が出揃うことで、彼らの唯一無二のスタイルが確立され、歴史に残るアルバムを作ることができたのだと思います。実際、このアルバム以降はウォーターズが全ての作詞を行い、このスタイルが踏襲されていくことになります。("Animals"以降は多少変わってくるのですが)

アルバムのコンセプト

このアルバムは、収録曲の全曲が一つにつながっており(ただしA面とB面の間は除く)、アルバム一枚を通して一つのテーマを伝えるというコンセプト・アルバムになっています。そしてそのテーマは、一言で表すならば『人生における狂気の側面』になると思います。(あくまで僕の解釈ですが。)

ウィキ(英語版)によると、ロジャー・ウォーターズが前作"Meddle"のツアー中に、次のアルバムの案として「人々を狂わせるもの(things that "make people mad")」をテーマにすることを思い付き、メンバーに提案したとされています。実際、それぞれの収録曲の歌詞は人間の一生を通して描きながら、そこで経験するいくつかの普遍的なテーマについて歌っています。母からの誕生、過ぎ去っていく時間、やがて訪れる死、金とそれに踊らされる人々、戦争、そして狂気……。アルバムのテーマが持っているこのような普遍性が、この作品が多くの人の心に刺さる一因なのではないでしょうか。(とは言え、それほど明るい雰囲気でもなく、歌詞も哲学的で曲も実験的なこのアルバムが一般大衆にウケたというのは、70年代という時代の特異性を感じさせます。)

また、このアルバムを語る上で欠かせないのが元メンバー、シド・バレットの存在です。

シド・バレット写真

※画像はSyd Barrett - Official Websiteより引用

かつてバンドを先導しながらも、精神的な病によって狂気の世界に行ってしまった彼の存在がピンク・フロイドの音楽に深みを与えていることは間違いなく、このアルバムにおいてもその影響は大きく感じられます。(詳しくは彼をテーマにしたと思われる収録曲、"Brain Damage"の項で後述します。)

上記を踏まえると、"The Dark Side of the Moon"というタイトルはこのアルバムのコンセプトを簡潔にうまく表現している気がします。

このタイトルは直訳すると「月の暗黒面」、一般的には「月の裏側」と訳されます。なぜ暗黒かというと、月は自転周期と公転周期が一致しているため地球からは常に同じ側(表側)しか見えず、反対側は闇に包まれた未知の領域だからです。また、西洋では月というのは、人間の狂気と深く関わると考えられてきました。(例えば、狂人の英語"lunatic"は月のラテン語"lune"に由来します。)このような知識とアルバムのコンセプトを考えると、非常にマッチしたタイトルだと感じられます。

ちなみに日本では、邦題の『狂気』の方がよく知られていると思います。アルバムのコンセプトを考えるとそれほど悪くない題だとは思うのですが(少なくとも洋楽によくあるトンデモ邦題に比べれば…)、ピンク・フロイド側は不満だったようで、次作の"Wish You Were Here"(邦題:『炎~あなたがここにいてほしい』)では正確な訳をタイトルにいれるように指定しています。

したがって、僕がこのアルバムを呼ぶときは作家側の意思を尊重して、いつも『ダークサイドオブザムーン』と呼んでいます。「昨日久々にダークサイドオブザムーンを聴いてさ……」「ダークサイドオブザムーンのこの曲が……」といった具合です。めちゃくちゃ言いづらい上に、わざわざ英題を使うイキり野郎だと思われる可能性がありますが、そこら辺は気にしません。。。

プログレ入門(あるいは個人的回想)

このアルバムを初めて聞いたのは、高校時代の後半頃だったと思います。

当時、高校に入ってから(主に村上春樹の影響で)ビートルズやビーチボーイズ、キンクス、ザ・フーといった60年代のバンドを聴き始めるようになっていました。その後、オアシスを筆頭とする90年代ブリット・ポップ、その影響元であるストーン・ローゼズ、彼らを含む80年代マッドチェスターのバンド達、ピストルズのような70年代後半のパンク・ロック…という風に、ブリティッシュ・ロックを中心に一通りロック史の流れを追っていたのですが、その中で70年代のプログレシッブ・ロックというのは完全に自分の中で空白地帯になっていました。

おそらく、プログレの持つ難解そうな雰囲気を何となく敬遠していたのだと思います。しかし、その評価や影響力を考えると無視している訳にはいきません。高校生活も後半に差し掛かった頃、ふとしたきっかけでこの"The Dark Side of the Moon"を再生しました。(もちろんSpotify上で。現代っ子なのです。)

初めて聴いた時の感想を正直に言うと、「良さがいまいちよくわからない…」でした。様々な効果音が使われていたり、曲間が無くすべての曲が一続きになっていたりと趣向が凝らされているけど、それはビートルズの"Sgt. Pepper"や"Abbey Road"で既に体験済みだしなぁ、といった感じです。最初から最後までスルッと聴いたせいで、収録曲もほとんど印象に残りませんでした。今考えるとありえない話ですが…。(BGM的に流していたので、そもそもちゃんと聴いていなかったのかもしれません)

その後は少し間が空き、もう一度聴き始めるようになるのは大学に入ってからになります。明確なきっかけがあった訳ではないのですが、たまたま元メンバーのシド・バレットの作品にハマり、そこから彼とピンク・フロイドを巡る物語を知ることで、また徐々にピンク・フロイドに戻ってくることになりました。他にも、歌詞の内容を知ることで、アルバムのコンセプトを音楽と共に楽しめるようになったのも一因だと思います。

結果的に、大学時代はこの"The Dark Side of the Moon"を足掛かりにして、ピンク・フロイドのその他のアルバム、イエスやキング・クリムゾン、(ピーター・ガブリエル在籍時の)ジェネシス、ELP、ジェスロ・タルといった有名なプログレのバンド達を掘っていくことになりました。あるいは時間が有り余っているという大学生の特権が、10分や20分はざらにあるプログレ特有の長尺曲を聴く上で効果的に作用したのかもしれません。

いずれにせよ、このアルバムは僕をプログレの世界に引き込んでくれた入門アルバムなのです。

収録曲紹介

1. Speak to Me

I've been mad for fucking years, absolutely years
Been over the edge for yonks

俺は何年もの間狂っていた、何年もだ
長い間気が狂っていたんだ

引用:"Speak to Me" Pink Floyd

心臓の鼓動(を模したニック・メイスンによるバスドラム)によってアルバムは幕を開けます。

このトラックは曲というより、完全なサウンドコラージュ作品になっています。心臓の鼓動をバックに様々な効果音が現れますが、それらはその後のトラックにも登場する象徴的な音でもあります。例えば、時計が時を刻む音(Time)やレジの動作音(Money)、奇妙な笑い声(Brain Damage)、ヘリコプターの音(On the Run)などです。これにより、冒頭でその後のアルバム全体の展開が暗示されるような構成になっています。

歌詞は無いですが、バンドがこのアルバムのために録音したインタビュー音源の断片が含まれています。(上記の引用もその一部です。)レコーディングを行っていたアビーロードスタジオで、近くにいる人たちにインタビューを行ったそうです。ちなみに、別のスタジオでレコーディング中だったポール・マッカートニーにもインタビューを行ったそうですが、結局彼の音源は採用されませんでした(ウィキ情報)。

2. Breathe (In the Air)

Breathe, breathe in the air
Don't be afraid to care

息を吸って、空気の中で息を吸うんだ
気にすることを恐れないで

引用:"Breathe (In the Air)" Pink Floyd

赤ちゃんの泣き声のような歌声から始まるこの曲。(歌っているのは"The Great Gig in the Sky"にも登場するクレア・トリーという女性歌手です。)

歌詞の内容から、一人の人間の誕生とその成長を歌っていると解釈できます。

特に後半の歌詞の一節が、人生の本質を皮肉的に表している感じがして結構好きです。

Run, rabbit, run
Dig that hole, forget the sun
And when at last the work is done
Don't sit down, it's time to dig another one

駆けろ、ウサギよ、駆けろ
その穴を掘れ、太陽を忘れて
そしてやっとその仕事が終わったら
座っちゃいけいない、別の穴を掘る時間だ

引用:"Breathe (In the Air)" Pink Floyd

3. On the Run

Live for today, gone tomorrow, that's me

今日のために生き、明日にはいなくなる、それが僕だ

引用:"On the Run" Pink Floyd

こちらも曲というよりは、サウンドコラージュに近いインスト曲になっています。曲中で聞こえる様々な効果音はギルモアとウォーターズがシンセサイザーを使って作り出したそうです。

空港のアナウンスやヘリコプターの羽音から、空の便による旅を表していると考えられます。バンドのツアーで世界中を飛び回っていた彼らが、時間に追われながら空港を走り回って(On the Run)いる自分たちの様子を表現したのではないでしょうか。「多忙」というのも現代の狂気の一つなのかもしれません。

この曲は元々、アルバムリリース前のライブ版では"Travel Sequence"という別曲だったそうです。Youtubeで聴けますが(サブスク配信にはありませんでした)、基本的な曲の流れは同じ一方で、ギルモアのギターやライトのキーボードが主体となった即興演奏になっていて、シンセを使ったアルバム版とは結構違った印象を受けます。(どちらかと言えば"Wish You Were Here"の伴奏に近い印象です。)個人的には"On the Run"になって、よりアルバムの雰囲気に馴染んでいるので良かったんじゃないかと思います。

最後は飛行機の墜落のような音で曲は終わりを告げます。これは、メンバーのリチャード・ライトが飛行機に乗るときに、常に墜落で死ぬことを怖がっていたことが反映されているそうです。

(個人的な話ですが、この曲を聴く時、なぜかいつもゲームの『INSIDE』が思い浮かびます。雰囲気が似ているからでしょうか?)

4. Time

Ticking away
The moments that make up a dull day
You fritter and waste the hours
In an offhand way

退屈な一日の一瞬一瞬を刻々と過ごしていきながら
ぞんざいなやり方で時間を浪費し、無駄にしていく

引用:"Time" Pink Floyd

「時間」をテーマにした曲です。時計のチクタク音やチャイムの音といった、テーマに相応しい効果音と共に曲は始まります。(どうでもいいですが、毎回最初のけたたましく鳴るベルの音に「ビクッ」となります。妙に音量がデカいのです。。。)

おそらく歌詞の内容的に、アルバムの中で最も多くの人の共感を呼ぶ(あるいは身につまされる)曲だと思います。

曲の前半では、若者が有り余る時間を持っていながらも、日々を無為に過ごしながらそれを無駄にしていく様子が描かれます。地元を何となくうろつきながら、進むべき道を教えてくれる何かを待ち続けている…。自分はまだ若いし、時間はたっぷりある…。しかし、時の流れは残酷です。

You are young and life is long
And there is time to kill today
And then one day you find
Ten years have got behind you
No one told you when to run
You missed the starting gun

君は若く、人生は長い
そして今日も暇をつぶす時間はある
やがてある日、君は気付く
10年が既に過ぎ去っていたことに
誰も君に走るべき時を教えなかった
君はスタートの合図を見逃したんだ

引用:"Time" Pink Floyd

ある種の人間にとっては恐怖すら感じさせる歌詞です。この破壊力のため、ネット上では「全ニートに聞かせたい曲」などと言われたりもしています。確かにこれを聴いてしまったら、手遅れになる前に何かを始めなければいけない気になるでしょう。

しかし、曲の後半も聞いてみると、単純に時間を無駄にすることを戒めるだけの曲ではないとも感じます。というのも、曲の主人公はようやく走り出して太陽を追いかけるのですが、当然太陽には永遠に追いつくことができず、その間にも主人公は年老いていくからです。そして、何も成し遂げた気ができず、静かな絶望の中で死に近づいていきます。

結局のところ、時の流れを止めることは誰にもできないし、死を避けることもできない、という人生の本質を歌っているだけだとも解釈できると思います。とは言え、30そこらのメンバーがここまで達観した曲を作れたというのは驚きです。。。

曲はやがてこのような一節で終わりを迎えます。

The time is gone, the song is over
Thought I'd something more to say

時は去り、曲も終わった
もっと何か言いたいことがあった気もするが…

引用:"Time" Pink Floyd

ちなみに、この詞以降は"Time"ではなく、2曲目の"Breathe (In the Air)"のReprise(反復)のパートになります。特にトラックが分かれておらず、繋がりもスムーズで違和感が無いので普通に一曲として聞きがちなのですが、よく聞くと"Breathe"のメロディに変化しているのがわかります。

5. The Great Gig in the Sky

And I am not frightened of dying, you know
Any time will do, I don't mind

私は死ぬことを恐れていないよ、もちろん
それがいつだろうと、気にしないさ

引用:"The Great Gig in the Sky" Pink Floyd

A面最後を飾る曲です。ゲスト・ミュージシャンとして女性歌手のクレア・トリーという方がボーカルで参加しています。

歌詞は無く、女性の叫ぶようなボーカルのみのため、曲の意味は掴みにくいですが、「死」をテーマにした曲であるというのが通説です。実際、曲の合間に挟まれる会話("Speak to Me"同様、インタビュー音源からの切り抜き)でも、死について語られています。タイトルも「天に召す」ことを暗示しているのかもしれません。

いずれにせよ、"Breathe"で誕生し、この曲で死を迎えることで、A面を通して人の一生を描き切ったことになります。

6. Money

Money, get away
Get a good job with more pay, and you're okay

マネー、逃げ出せ
もっと給料の高い仕事にありつけ、それで万事OKさ

引用:"Money" Pink Floyd

B面最初の曲は「お金」をテーマにした曲です。レジやコインの効果音とともに変拍子のギターリフが始まる冒頭は、一度聴いたら忘れないような印象を与えます。実際、アルバムの中でもかなりポップな部類の曲で、シングルカットされるとアメリカで大ヒットしました。

歌詞の内容は、お金について皮肉的に語ったものになっています。新車やキャビアを買いながら、サッカーチームを買収することを夢想する。ファーストクラスに乗りながら、小型ジェットを買うことを思案する。そんな金持ちの際限ない欲望が表現されています。

作詞のロジャー・ウォーターズは母親が共産党員ということもあり、筋金入りの社会主義者、左翼なので(最近もウクライナ侵攻でロシアを擁護して非難されたりしています)、その辺りの思想が多分に含まれている詞になっています。しかし、そこでも皮肉的です。

Money, it's a crime
Share it fairly, but don't take a slice of my pie

マネー、それは罪だ
平等に分け合え、でも俺の取り分には手を出すな

引用:"Money" Pink Floyd

楽曲面においても趣向が凝らされています。曲は基本的には7/4拍子で進むのですが、ギルモアのギターソロの部分では4/4拍子に変化するという、プログレによくある変拍子を使った複雑な構成になっています。そしてそのギターソロも"Time"同様、ギルモアらしい聴かせるソロです。

諸々含めて、聴き飽きない名曲です。

7. Us and Them

Us and them
And after all, we're only ordinary men

我々、そして彼ら
結局のところ、みんな普通の人間に過ぎない

引用:"Us and Them" Pink Floyd

作曲はリチャード・ライトです。元々、別の映画の曲に使うために作ったところが却下されたため、このアルバムに収録されることになったそうです。

「戦争」をテーマにした歌詞になっており、我々(Us)と彼ら(Them)の分断とその無意味さについて歌っています。また、戦争を「地図上の線が端から端へ動く」だけと表現しており、そのために兵士が使い捨てにされる馬鹿らしさについても歌っています。

ある特徴に基づいて「正しい私たち」と「悪いあいつら」を作るのは、今日の世界でもよく見られる光景です。よく知られている「戦争プロパガンダ10の法則」でも、いかに自分たちが正義であり、それに対していかに敵が残虐な悪であるかを主張するのが戦争を焚きつけるプロパガンダの特徴であるとされているため、このような単純化された二分法的思考には気を付けたいところです。(特に最近ネットの影響かそのような考え方がよく目に付くので…。個人的には人種や国籍、性別、年齢に関わらずいい奴はいい奴ですし、終わっている奴は終わっているなというのが最近の感想ですが。)

また最後の節では、持つ者(With)と持たざる者(Without)の間の格差やその対立が表現されており、"Money"同様、ウォーターズの思想が垣間見える詞になっています。

With, without
And who'll deny it's what the fighting's all about?

持つこと、持たざること
それが争いそのものだと誰が否定するだろう?

引用:"Us and Them" Pink Floyd

途中で入るサックス・ソロも美しいです。

8. Any Colour You Like

インスト曲です。タイトル("Any Colour You Like" =「お好きな色を」)の意味はわかりません。

9. Brain Damage

The lunatic is on the grass

狂人は芝生の上にいる

引用:"Brain Damage" Pink Floyd

「脳の損傷("Brain Damage")」というタイトルの通り、人間の「狂気」をテーマにして歌った曲です。至る所に挿入された奇妙な笑い声が曲のテーマを効果的に演出しています。「月の裏側("The Dark Side of the Moon")」というタイトルを回収しており、次の"Eclipse"と一続きになってアルバムのラストを飾っているため、このアルバムのコンセプトの核となる曲であると言えます。

この曲を語る上で欠かせないのが、ピンク・フロイドの元メンバー、シド・バレットの存在です。

シド・バレットはかつてピンク・フロイドに所属していたギタリストです。サイケデリック・ロック時代の初期ピンク・フロイドにおいてはバンドの中心的存在であり、当時、バンドのほとんどの曲の作詞・作曲を彼が手掛けていました。1stアルバムの"The Piper at the Gates of Dawn"も彼の曲が大半を占めており(こちらも名盤です。)、当時のバンドは彼の才能によって成り立っていたと言っても過言ではないでしょう。

しかし、バンドが人気を得ていく1967年頃から彼は精神的に問題を抱え始めます。原因については、LSDの過剰摂取の影響やバンドの成功によるプレッシャーなど様々な説が唱えられています。ロジャー・ウォーターズはschizophrenia(統合失調症)からくるものだと主張していますが、はっきりしたことはわかりません。いずれにせよ、彼の奇行に付き合いきれなくなったメンバー達は、新しいギタリストとしてデイヴィッド・ギルモアを加え、最終的にシドはバンドから追い出されることになります。

その後、中心的メンバーを失いながらもバンドは着実に成功への道を進んでいきますが、一方でシド・バレットという存在が彼らの中に大きな影響を残したことも事実です。特にウォーターズは彼をテーマにした曲を何度も作っていくことになります。(多少擦り過ぎの感はありますが…。)

この"Brain Damage"は彼らが初めてシドの事を明確に取り上げた曲になります。例えば、歌詞の最初の一節ではシドの代表曲"See Emily Play"から引用されたと思われるgameや、60年代のヒッピー文化を象徴するdaisy chain(=ヒナギクの花輪)といった単語が現れています。

Remembering games and daisy chains and laughs
Got to keep the loonies on the path

遊びやヒナギクの花輪や笑い声を思い出しながら
狂人たちを道から外れないようにしなければ

引用:"Brain Damage" Pink Floyd

また、サビでは狂気に陥っていく際の主観的な苦しみが描写されています。

And if the dam breaks open many years too soon
And if there is no room upon the hill
And if your head explodes with dark forebodings too
I'll see you on the dark side of the moon

もしダムが何年も早くに決壊して
丘の上に逃げる余地も無かったら
もし君の頭も暗い予感で張り裂けてしまったら
月の裏側でまた会おう

引用:"Brain Damage" Pink Floyd

And if the cloudbursts thunder in your ear
You shout and no one seems to hear
And if the band you're in starts playing different tunes
I'll see you on the dark side of the moon

もし土砂降りの雨が君の耳に轟き
君が叫んでも誰にも聞こえていないようなら
もし君のいるバンドが違ったメロディーを演じ始めたら
月の裏側でまた会おう

引用:"Brain Damage" Pink Floyd

ちなみに、「もし君のいるバンドが違ったメロディーを演じ始めたら」という歌詞はシド・バレットにまつわる彼らの実際の経験から来ています。かつてシドがおかしくなっていった際、バンドのコンサートの最中、彼だけが違う曲を演奏し始めるという奇行がよくあったそうです。

サビの歌詞が狂気に向かっていく人間を書いている一方、それ以外の部分の歌詞は狂気を矯正しようとする側の人間たちを書いています。芝生にいる狂人に対して、「狂人たちを道から外れないようにしなければ(Got to keep the loonies on the path)」と書いているところがそれに当たります。

ウォーターズ曰く、これらの場面は立ち入り禁止の看板が立った芝生を想定しているそうです。そして、そのようなルールに従わないのは狂気の一つの兆候である、とまで言っています。一方で彼は、「こんなに美しい芝生を立ち入り禁止にする方が本当の狂気だ」とも述べています。(英語版ウィキからの受け売りです。)

つまり、社会が狂気を矯正しようとするのも、また一つの狂気であるという逆説的な主張も含まれていると解釈できるのです。この辺りの話は、ミシェル・フーコーの『狂気の歴史』にも通じるような近代社会の問題点を突く哲学的な話題なのですが、話が長くなるのでこれ以上はやめておこうと思います。

10. Eclipse

And everything under the sun is in tune
But the sun is eclipsed by the moon

太陽の下のあらゆるものが調和している
しかし、太陽は月の影に覆い隠されている

引用:"Eclipse" Pink Floyd

アルバムの最終曲です。"Eclipse"という単語は日食や月食といった天体現象としての「食」を意味します。ここでは歌詞の内容的に、月が太陽を覆い隠す「日食」を指しているでしょう。

ラストを飾るのにふさわしい、壮大さを感じさせる曲です。ヘッドフォンをして大音量でこのアルバムを聴いていると、うまくスイッチが合えば、"Brain Damage"からこの曲へ続く一連の流れで、まるで世界の全てを理解したかのような崇高な気分に浸ることができます。(もちろん数分で元に戻ります。)

そして曲の最後は、アルバムの始まりと対応するように、心臓の鼓動で終わっていきます。最後のフェードアウト部分は小さくて聞き取りづらいですが、以下のような象徴的な台詞で締められています。

There is no dark side in the moon, really
Matter of fact, it's all dark

本当は月に闇の側面なんてないんだ
実際のところ、すべては闇だからね

引用:"Eclipse" Pink Floyd

(ちなみに良く知られた小ネタ(Fun fact)ですが、このフェードアウト部分の音量を上げると、かすかにビートルズの"Ticket To Ride"のオーケストラ・カバーが流れているのを聞き取ることができます。上の台詞は例によってインタビュー音源からの切り抜きなのですが、そのインタビューを行っていたアビーロード・スタジオのBGMとしてこの曲がかかっており、それが偶然入ってしまったのだそうです。)

おわりに

全曲紹介は疲れる。。。