アルバム概要
今回紹介するアルバムはザ・ビーチ・ボーイズのアルバム『Pet Sounds』です。1966年にリリースされました。
内面的な心情を赤裸々に表現した歌詞や、甘いだけではない苦みのある恋愛を歌ったラブソングなど、それまでのロックではあり得なかったような繊細で内省的なテーマを取り扱っているのが特徴です。それゆえ、ロックおよびポピュラー音楽の可能性を切り開いた作品として高く評価されています。
制作を主導したメンバーのブライアン・ウィルソンも、そのような野心に燃えてアルバム制作に励んだのだろうと思われます。彼はアルバム内のほぼ全ての楽曲の作詞作曲に関わっており、アルバム全体として一つの作品を完成させることを目指しました。アルバム単位で作品を作ることは当時珍しかったため(基本的にアルバムはシングル曲の寄せ集めだった)、ロックにおけるコンセプト・アルバムの先駆的作品とも評されています。
その革新性ゆえか、発売当時はバンドのそれまでの方向性との違いについていけないリスナーが多く、否定的な評価が多かったそうです(本国アメリカでは特に)。もちろん現在は、その後のロックの流れに大きな影響を与えた名盤として多くの人々から評価されています。日本でも、山下達郎や村上春樹といった面々がこのアルバムに対する愛を語っています。
ローリングストーン誌が選ぶ最も偉大なアルバム500の最新版(2023年)でも2位にランクインしています。(ビートルズの『サージェント・ペッパー』の1位陥落など中々変化のある最新版ですが、『ペット・サウンズ』は相変わらず2位に着けています。)
内省ロック
このアルバムの革命的な点は何といっても、「弱い僕」を表現したことにあると思います。
『ペット・サウンズ』をリリースするまでのビーチ・ボーイズは、グループ名の通り、ビーチでのサーフィンやカリフォルニアの女の子、そして車(ホット・ロッド)といった当時のアメリカの若者文化をテーマにした明るく陽気な曲を歌うサーフ・ロックのバンドでした。しかし、この『ペット・サウンズ』で彼らは大きく方向転換することになります。
『ペット・サウンズ』にはサーフィンやビーチについて歌った歌詞は一つもありません。その代わりに歌われるのは、より内面的な感情です。弱さを抱える自己や、自信を失い不安を感じている自分、自分が間違った場所にいるような感覚、そのような繊細で内省的な感情が赤裸々に吐露されています。恋愛に関する曲も多いのですが、そのどれもが哀しみや痛みを伴っているか、あるいは暗示させます。いつか一緒になれることへの願い、束の間の幸福、恋による傷つき、過去の彼女への未練……。
歌詞の大半は男が主人公になっていますが、日本語に翻訳する時は主語の"I"は必ず「僕」になるだろうと思います。「俺」や「私」では、この弱々しさや女々しさ(ジェンダー的にもう死語でしょうか?)が出ないような気がするからです。
自己の内面的な心情や弱さをありのままに表現するのは、それまでのロックには無い姿勢でした。(といっても当時を知らないので、そう評価されていると聞いているだけですが…。)しかし、そこで表現されている内面的な弱さや孤独感は多くの人が共感できるものだと思います。もちろん、僕もその一人です。
このアルバムが時代を超えて聞き継がれている理由として、ブライアン・ウィルソンによる曲の素晴らしさやプロデュースもさることながら、彼が思い切って表現した(あるいは表現せざるを得なかった)「弱さを抱えた自己」が多くの人の共感を呼ぶからだと思います。それは情けなかったり、みっともなかったりするものですが、やはりそういったものをさらけ出すことによって初めて、芸術的な表現が可能になるのでしょう。(同時代のヴェルヴェット・アンダーグラウンドやジョン・レノンのソロ作品についても同様のことがいえると思います。)
しかし当時、他のメンバーやレコード会社、そしてリスナーにはこのアルバムの魅力は理解されませんでした。(例外的に、イギリスでは早い段階で受容され、発売時には全英チャート2位になっています。)当時、リアルタイムで『ペット・サウンズ』を聴いた村上春樹も当時の感想をこのように語っています。
「ペット・サウンズ」がリリースされたのは1966年の夏で、僕はその時高校3年生、17歳でした。発売と同時にこのアルバムを通して聴きました。それで、どう思ったか? いくつかの曲は素晴らしかったけど、あとの半分くらいは正直言ってあまりピンと来ませんでした。でもそう感じたのは僕だけじゃなくて、一般のファンたちも、あるいはビーチ・ボーイズのほかのメンバーたちもだいたい同じだったみたいです。レコードも期待したほどは売れませんでした。要するに、ブライアン・ウィルソンの才能と感覚が、時代よりずっと先のほうに行っていたんですね。
R.I.P. ブライアン・ウィルソン
ビーチ・ボーイズの結成時のメンバーは、ブライアン・ウィルソン、デニス・ウィルソン、カール・ウィルソンのウィルソン3兄弟、そして、マイク・ラブ、アル・ジャーディンの5人です。(その後、ブライアン・ウィルソンがツアーに参加しなくなったことで、ステージでの演奏要員としてブルース・ジョンストンが加入します。)
その中で作曲を主に担当していたのがブライアン・ウィルソンです。
※画像はbrianwilson.comより引用
それまでのビーチ・ボーイズのヒット曲の多くを彼が手掛けていましたが、この『ペット・サウンズ』では、彼がアルバム全体の制作を主導し、ほぼすべての曲の作曲とプロデュースを行っています。そのため、どの収録曲においても彼の非凡な音楽的センスが発揮されており、それまでの単純なロック・ソングとは違った、複雑な曲構成や意外性のあるメロディの展開などを聴くことができます。
作詞に関しては、彼は助力を得るために外部から作詞家トニー・アッシャーを招き入れています。しかし、彼と共作した歌詞には当時のブライアンの抱えていた葛藤や悩み、周囲から理解されない苦しみが大きく反映されています。『ペット・サウンズ』で表現された歌詞から分かる通り、割と繊細な人物だったようです。
このアルバムの制作以前から既に、彼は精神的プレッシャーからツアー活動を休止してスタジオでの曲作りに専念していました。しかし、『ペット・サウンズ』の制作では、彼の抱えている構想を他のメンバーやレコード会社に理解してもらえずに苦しみ、加えてアルバムが商業的には成功しなかったことでさらに精神的にダメージを受けます。その後、『ペット・サウンズ』に続く作品として『スマイル』の制作に入りますが、そこでもレコーディングがうまく進まないことやメンバーとの対立などもあって、精神状態は悪化していきます。スタジオでの奇行も目立つようになっていたそうです。(当時彼が使用していたLSDの影響もあるのかもしれません。)
結果的に、ブライアンはアルバム制作が続けられない状態になり、既に長い時間を費やしていた『スマイル』の制作は頓挫することになります。その後、彼は事実上の活動休止状態となり精神的な問題に苦しみながら70年代から90年代を過ごすことになります。(その間に妻のメリンダや謎の精神科医の登場など色々あるようなのですが、そこら辺の詳しい経緯は知識不足です。。。いずれ彼の伝記映画である『ラブ&マーシー』を見ようと思います。)
しかし、2000年代に入ると再び表舞台に現れ、ソロでのツアー活動を精力的に行うようになります。そしてついに、2004年にはロック界の伝説となっていた未完成アルバム『スマイル』をソロで完成させることになります。(こちらも名盤なのでいずれ紹介したい。)完全復活した彼は、その後もアルバムの制作やツアーを順調に行い続けます。
以前、村上春樹が彼のラジオでビーチ・ボーイズ特集か何かをやっていた際、ブライアンの復帰について彼は、「彼がここまで長生きするとは思わなかった」と語っていました。というのも、ブライアンを失った後にビーチ・ボーイズを支えていた残りのウィルソン兄弟の内、デニス・ウィルソンは1983年に海で事故死、カール・ウィルソンは1998年にガンで亡くなっているのです。精神的に不安定で先が危ぶまれていたブライアンが兄弟の誰よりも長生きし、元気に音楽活動を行っている…、その運命の不思議さについて感慨深げに語っていたのが印象的でした。
しかしそんな彼も、昨年の2025年6月に82歳で惜しくもこの世を去りました。こちらは僕もネットニュースを通じてリアルタイムで知ったのですが、かなり衝撃的でした。年齢的にはあり得なくもないことですが、やはりロック界の伝説的人物がこの世界からまた一人消えてしまうというのは寂しくもあります。
才能の連鎖
アルバムの制作を主導したブライアン・ウィルソンは、このアルバムを作るきっかけとして、ビートルズの『ラバーソウル』から大きな刺激を受けたことを語っています。
『ラバーソウル』も、ビートルズがそれまでのスタイルを超えて新たな音楽的表現に挑戦した転換点に位置する作品です。エレキギター主体のロック・サウンドはアコースティック主体の音に変わり、シンプルなラブソングはより文学的な詞へと進化を遂げました。
これを聴いたブライアンが、当時国を越えたライバルだったビートルズが音楽的に成長を遂げていることに対して焦りを覚えたであろうことは容易に想像できます。
そして、その結果として『ペット・サウンズ』が生まれるのですが、今度は逆に『ペット・サウンズ』がビートルズに影響を与えることになります。このアルバムを聴いたビートルズのメンバー達はその完成度の高さに度肝を抜かれ、それが彼らの傑作『Sgt. Pepper's Lonely Hearts Club Band』を生み出す原動力になっていくのです。
ところで、ビートルズが『ラバーソウル』で見せた進化は、1964年に彼らがアメリカでボブ・ディランに出会ったのが一因だと言われています。すでにアメリカのフォーク・ソングの歌い手として活躍していたディランに、ビートルズの面々、特にジョン・レノンは音楽的にも思想的にも大きな影響を受けます。逆に、ディランもビートルズの影響を受けてエレキギターを使い始め、『Like a Rolling Stone』のような名曲を生み出していきます。
ディランがビートルズに影響を与え、ビートルズがディランに影響を与える。その結果生まれた作品にビーチ・ボーイズが影響を受け、さらにそこからビートルズが影響を受ける…。
このような幸福な才能の連鎖を見ていると、歴史に残るようなミュージシャン達がお互いに影響を与え合い、互いの才能によって切磋琢磨しながら音楽が変革されて行った60年代ロックの凄まじさを改めて感じます。
少なくとも音楽を享受するという面で見れば、この時代に生きていることはかなり刺激的で楽しかっただろうなと、現代を生きる僕などは思ってしまいます。(それに比べて現代のポップスの退屈さときたら!!)
収録曲紹介
1. Wouldn't It Be Nice
Wouldn't it be nice if we were older?
Then we wouldn't have to wait so long僕らがもっと大人だったら素敵じゃないか?
それならずっと長い間待たずに済むのに引用:"Wouldn't It Be Nice" The Beach Boys
アルバムの最初を飾るのは、このアルバムの中では最も明るくキャッチーな曲調のポップ・ソングです。
印象的なイントロ(エレキギターで弾いているそう)から始まるこの曲ですが、ビーチ・ボーイズお得意のコーラス・ワークが響き渡り、フィル・スペクターの「音の壁」のような音の厚みをもたらしています。
歌詞は、恋人と結婚して共に暮らしていくことを夢見るという内容です。一緒に暮らせたら「素敵じゃないか?」、一緒に朝を迎えられたら「素敵じゃないか?」と恋人に対して何度も問いかけるという詞になっています。
文法の教科書に使えそうなくらい、至る所に仮定法が使われている曲です。つまり、「もし~なら、~だろう」という仮定であり、現実はそうではないということを暗に示しています。おそらく、二人はまだ若すぎるか遠く離れているかして、一緒になれないでいるのでしょう。
You know it seems the more we talk about it
It only makes it worse to live without it
But let's talk about itねえ、僕らが「それ」について話せば話すほど
「それ」なしで生きることを一層苦しくするだけのようだよ
でも、話そう!引用:"Wouldn't It Be Nice" The Beach Boys
ポップで甘いラブソングですが、少しばかりの哀しさも備えているのが魅力です。
2. You Still Believe In Me
Every time we break up, you bring back your love to me
And after all I've done to you, how can it be
You still believe in me仲違いしたときはいつも、君はまた僕を愛してくれたね
僕が君にしてきた事にもかかわらず、一体どうして?
君はまだ僕を信じてくれる…引用:"You Still Believe In Me" The Beach Boys
スローテンポで美しいメロディーの曲です。
タイトルは「君はまだ僕を信じてくれる」。相手は自分に寛大に接してくれるし、いつも愛を取り戻してくれる。そんな相手が期待するような自分になろうとするがうまくいかない。強くなろうとするが、時々自分に失望する。それでも君は僕を信じてくれる…、という内容の歌詞です。
何があっても変わらない、無条件の愛を歌った曲です。理想的すぎるかもしれませんが、誰しもそのような愛を求めているのではないでしょうか。作曲者であるブライアン・ウィルソン自身のボーカルに、彼の切実な想いが全て乗っているような気がします。
歌詞の最後で、"I wanna cry"(泣きたくなるよ)と思わず感情が溢れるように歌う部分がお気に入りです。個人的には、アルバムの中で最も好きな曲の一つです。
3. That's Not Me
I had to prove that I could make it alone now
But that's not me僕は今や一人でやっていけると証明しなきゃいけなかった
けど、それは僕じゃない引用:"That's Not Me" The Beach Boys
恋人を故郷に残し、夢を抱いて都会に出てきた男の曲です。
都会に出てから幾ばくか経った現在。しかし、彼は一人で上手くやっていくと意気込み、成功への気概に満ちていたかつての自分を「僕じゃない」と否定します。都会の孤独な生活に幻滅する中で、彼は本当に大事なことに気付いたのです。
I could try to be big in the eyes of the world
What matters to me is what I could be to just one girl世界中の注目の中でビッグになろうとすることもできるだろう。
僕にとって大事なのは、たった一人の女の子にとって自分が何者になれるかだ。引用:"That's Not Me" The Beach Boys
こうして彼は故郷に帰ることを決心します。長い間帰っていなかったため、ほんの少しの怯えも感じながら…。
都会に出て成功することやビッグになるという夢などよりも、もっと身近でささやかな幸福の方が大切だという気付きを歌った曲なのだと思います。夢を追って上京した人間(そしてその虚しさを悟った人間)なら共感できる部分が多いのではないでしょうか。
4. Don't Talk (Put Your Head On My Shoulder)
I can hear so much in your sighs
And I can see so much in your eyes君のため息の中に、たくさんのものを聞くことができる
君の瞳の中に、たくさんのものを見ることができる引用:"Don't Talk (Put Your Head On My Shoulder)" The Beach Boys
「Don't talk, put your head on my shoulder(=何も言わないで、僕の肩に頭を乗せて)」と恋人に甘く語りかける曲です。この曲を聴いていると、ソファか何かに並んで座った二人の恋人が、お互いに肩を寄せ合いながら心を通わせている様子が目に浮かぶような気がします。
スローでゆったりとしたテンポの中で、バックで響くオルガンの音が静謐で神聖な雰囲気を醸し出しています。また、後半に入って曲を盛り上げるストリングスのアレンジも劇的です。
静かな夜に静かな部屋で聴きたい名曲です。
5. I’m Waiting For The Day
I came along when he broke your heart
That's when you needed someone to help forget about him僕はやって来たのは、あいつが君を振った時だった
つまり、君が彼を忘れさせてくれる誰かを求めていた時だ引用:"I’m Waiting For The Day" The Beach Boys
恋人と別れたばかりで傷心の彼女を立ち直らせるために奮闘する男の話です。
彼女は前の彼氏に傷つけられており、愛することに憶病になっています。それを新しい愛で慰めようとする主人公の「僕」ですが、時折彼女の中にかつての恋人の影がちらつきます。
I kissed your lips and when your face looked sad
It made me think about him and that you still loved him so君の唇にキスして、君の顔が悲しげに見えた時
それは僕にあいつの事を思い出させる。そして、君がまだ彼を愛しているということを引用:"I’m Waiting For The Day" The Beach Boys
自分が誰かを愛しても、その人の心が本当は別の人の所にあるというのは中々悲しいですね。それでも「僕」はめげずに彼女を愛し、彼女がもう一度愛せるようになる日を待ちます。
I'm waiting for the day when you can love again
君がもう一度愛することができる日を僕は待っている
引用:"I’m Waiting For The Day" The Beach Boys
諦めずに新しい愛を育もうとする主人公の姿勢が、明るくポップな曲調とよく合っていると思います。
6. Let’s Go Away for Awhile
インスト曲です。「少しの間遠くに行こうよ」というタイトル通り、穏やかで落ち着いた曲です。
A面最後の曲の前の箸休め的なトラックなのかもしれません。(B面も最終曲の前にインスト曲"Pet Sounds"が入っています。)
7. Sloop John B
Well, I feel so broke up
I wanna go homeああ、疲れ切った気分だ
うちに帰りたい引用:"Sloop John B" The Beach Boys
"Sloop John B"という帆船に乗り込んだ船員の主人公が、過酷な船旅に耐えかねて「家に帰りたい」と嘆く歌です。
この"Sloop John B"に関しては、このアルバムの中ではかなり浮いた曲になっています。そもそも、元はバハマ諸島の民謡だそうで、その歌詞の内容は内面的な悩みや恋を歌ったアルバム内の他の曲とは似ても似つきません。
というのも、この曲はフォークソングに関心を持っていたメンバーのアル・ジャーディンがカバーするように提案したもので、元々ブライアン・ウィルソンはこのアルバムに入れる気はなかったようなのです。英語版ウィキの情報によると、この曲がシングルとして売れると踏んだレコード会社がアルバムに入れるように主張したそうです。
実際、シングルとしては全米3位のヒットを記録したそうです。もちろん、曲自体は他のビーチ・ボーイズの曲と同様、素晴らしいものなのですが、如何せんこのアルバムのコンセプトに合致しているかというと…。
8. God Only Knows
God only knows what I'd be without you
君のいない僕がどうなるのかは、神様だけが知っている
引用:"God Only Knows" The Beach Boys
大名曲です。邦題は『神のみぞ知る』。
日本でも有名な曲なので知っている方も多いんじゃないでしょうか。少なくとも僕は初めてこのアルバムを聴いた際、何か聞き覚えのある懐かしい曲のように感じました。CMか何かで耳にしたことがあったのかもしれません。
アコーディオンと管楽器で始まる歓喜に満ち溢れたイントロや、複雑で変化がありながらもキャッチーな曲の構成、たくさんの層に重なり合って調和するコーラス、そういった全ての音楽的要素がこの曲の完成度を誰も到達できない高みにまで至らしめています。まさしく、ブライアン・ウィルソンの天才的な音楽センスが結実した名曲です。あのポール・マッカートニーも「この世で最も素晴らしい曲」と絶賛したそうです。
歌詞の内容も秀逸です。もし君がいなくなったら自分がどうなってしまうかを歌うことで、逆説的に愛の深さを訴えています。("Wouldn't It Be Nice"と同様、仮定法の教科書のような歌詞です。)
If you should ever leave me
Well, life would still go on, believe me
The world could show nothing to me
So what good would living do me?万が一、君が僕の元を去ってしまっても
人生は相変わらず続いていく、でも信じてくれ
世界はもう僕に何も示すことができない
なら生きていくことは僕にとって何の意味があるの?引用:"God Only Knows" The Beach Boys
ブライアン・ウィルソンがなぜこんなにも美しい曲を書けたのかは、まさに「神のみぞ知る」ところでしょう。
9. I Know There's An Answer
I know so many people who think they can do it alone
They isolate their heads and stay in their safety zones一人でやっていけると考えているたくさんの人間を知っている
彼らは自分の考えに閉じこもって、安全地帯に留まっている引用:"I Know There's An Answer" The Beach Boys
周囲の人々の自己中心性や上辺を取り繕う様子、不誠実な生き方に対する不満を明確に述べた歌詞になっています。もっと良い生き方ができることを彼らに伝えたい、そう思う主人公ですがサビではこう述べます。
I know there's an answer
I know now but I have to find it by myself答えがあるのは知っている
知っているけど、それは自分自身で見つけ出さなきゃならない引用:"I Know There's An Answer" The Beach Boys
実はこの曲は曲名や歌詞の内容が何度も変更された経緯があります。
最初のタイトルは"Let Go Of Your Ego"で、「エゴを手放せ」という内容でした。その頃、作曲者のブライアン・ウィルソンは当時流行し始めたLSDを初めて使用しており、その際に「自我の喪失(Ego Death)」(サイケデリック体験の一種としてよく知られる)を味わったそうです。その体験からインスパイアを受けてこの曲を作りました。
しかし、ドラッグを暗示するような歌詞が入ることにメンバーのマイク・ラブが反対し、ブライアンは歌詞と曲名を変更することになります。その結果、"Hang On To Your Ego"、すなわち「エゴをしっかりと保て」という曲名に変更になります。サビの部分の歌詞も以下のようになっています。
Hang on to your ego
Hang on, but I know that you're gonna lose the fightエゴをしっかりと保て
保つんだ。だけど、君がその戦いに敗れることを僕は知っている引用:"Hang On To Your Ego" The Beach Boys
つまり、LSDによってエゴ(自我)を失いそうになっても、しっかり保つように努力することを呼びかける歌詞になったのです。しかし、最終的にはドラッグの力によってその努力が果たされないことも付け加えています。
この時点ではまだLSDの影響を受けた歌詞ではあるのですが、一応レコーディングはされたようで、こちらのタイトルのバージョンも聴くことができます。
しかし、歌詞はブライアンによってさらに変更され、最終的に"I Know There's An Answer"に落ち着きました。結果的にサイケデリックな印象は無くなり、わりと素直な歌詞になったんじゃないでしょうか。
10. Here Today
You've got to keep in mind love is here today
And it's gone tomorrow
It's here and gone so fast覚えておくんだ、愛は今日ここにある
そして、明日にはなくなってしまう
それはあっという間に過ぎ去ってしまうんだ引用:"Here Today" The Beach Boys
ポップな曲調とは裏腹に、「今日は確かに見えた愛も明日には消え去ってしまう」という愛のはかなさや、恋愛がもたらす苦しみを訴える曲です。
ある女の子に恋をし始めた男に対して、彼女に振られた「元カレ」の男が「あんまり熱くなり過ぎるなよ」と忠告する内容の歌詞です。こうやって文字に起こしてみるといい迷惑な感じもしますが、恋愛が必ずしも長続きするものばかりではないというのも事実でしょう。
愛の素晴らしさを高らかに訴える"Wouldn't It Be Nice"や"God Only Knows"のような曲がある中で、このように愛のネガティブな面を捉える曲が存在するのも、このアルバムの多面的な魅力の一つです。
11. I Just Wasn’t Made For These Times
I keep looking for a place to fit in
Where I can speak my mind
And I've been trying hard to find the people
That I won't leave behindずっと自分になじむ場所を探し続けてきた
自分の本心を語れる場所を
これまで見つけようと頑張ってきた
自分について来られるような人々を引用:"I Just Wasn’t Made For These" The Beach Boys
"I Just Wasn’t Made For These Times" ―――「僕は今の時代のために作られてはいないんだ」、意訳すれば「自分は間違った時代に生まれてしまった」といった感じでしょうか。
今いる場所に居心地の悪さを感じ、周囲の人々が自分の考えを理解できないことに苛立ちを感じる。何かいいアイデアが浮かんでも誰もそれに協力しようとはしてくれない…。そんな孤独感と現在の環境に対するフラストレーションを歌った曲です。
当時、革新的な音楽のアイデアを持ちながらも、メンバーやレコード会社に理解されずに悩んでいた孤独な天才ブライアン・ウィルソンの心情が最も率直に表現されているような歌詞に見えます。彼がサビで繰り返し「時々僕はとても悲しくなる(Sometimes I feel very sad)」と訴える部分も、彼の心の叫びそのもののようで心底胸に響いてくるのです。
そして彼は最後にこう締めくくります。
I guess I just wasn't made for these times
僕は間違った時代に生まれてしまったんだろう
引用:"I Just Wasn’t Made For These" The Beach Boys
メンバーやレコード会社からは否定され、発売当初、本国アメリカではリスナーも理解してくれなかったこのアルバムですが、現在は歴史的な名盤として高い評価を受けています。それを考えると、当時ブライアンが抱いていたこの感覚は正しかったことが歴史によって証明されたと言えるのではないでしょうか。彼の才能は時代の先に行き過ぎていたのです。
いつの時代も、本当の天才というのは孤独なものなのかもしれません。
12. Pet Sounds
インスト曲です。民族楽器のような音とギターで奏でられるのんびりしたメロディが特徴的です。
ちなみに、アルバムのタイトルにもなっている"Pet Sounds"ですが、英語版ウィキを調べてみると、マイク・ラブがこのタイトルの発案者なのだそうです。(一応、ブライアン・ウィルソンやアル・ジャーディンもそれを認めています。)動物園で撮ったアルバムジャケットやアルバムに登場する犬の声(おそらく"Caroline, No")から思い付いたそうです。
以前どこかで読んだ説として、アルバムの内容に反対していたマイク・ラブが「犬にでも聴かせるか?」と皮肉を言ったのが由来だというものがあったのですが、ウィキによると、こちらは2016年にマイク・ラブ自身が否定しているようです。
13. Caroline, No
Where did your long hair go?
Where is the girl I used to know?君の長い髪はどこへ行ってしまったの?
僕が昔知っていたあの子はどこにいるの?引用:"Caroline, No" The Beach Boys
アルバムの最後を飾るのは、変わってしまったかつての恋人について歌う哀しいバラード曲です。
長い髪を切り、昔とは変わってしまった『キャロライン』。彼女の姿を見て、主人公は彼女がかつての輝きを失ってしまったと嘆きます。あの頃は「私は絶対に変わらない」と言っていたのに…。
Oh, Caroline, you
Break my heart
I want to go and cry
It's so sad to watch a sweet thing dieああ、キャロライン
胸が張り裂けそうだ
僕は泣きに行きたいよ
愛しいものが死ぬのを見るのはとても悲しい引用:"Caroline, No" The Beach Boys
歌詞はその後、二人の関係がもうかつての幸せなものには戻らないことを暗示して終わります。
シンプルな伴奏で曲も短めですが、それ故に心にそのまま訴えかける印象を与えます。一見、恋人の昔の姿に未練たらたらな男の歌に見えますし、女性からしたら「髪くらい切らせろ」というところでしょうが、この曲の本質はより深い所にあると思います。もう元には戻らない想い―――そういうものについて歌った歌なのだと思います。
愛の素晴らしさや恋人との幸福な関係を歌ってきたアルバムの幕引きが、このような哀しい結末で終わるというのは中々残酷な気もしますが、それがブライアン・ウィルソンの当時の内面だったのでしょう。
音楽的な面で言えば、曲の最後に全く無関係な踏切の音や犬の鳴き声を入れるという実験的な要素が加わった曲でもあります。おそらくこの辺りの実験性が、ビートルズの『サージェント・ペパー』に繋がっていくのでしょう。
個人的には、このアルバムの中で最も好みの曲です。喪失感にあふれた感傷的な曲の雰囲気が好きで、この曲だけを特にリピート再生していた時期もあったくらいです。そのため、今回記事を書くにあたってこの曲について調べている際、ブライアン・ウィルソンがアルバム全体の中でこの曲を最も気に入っていると発言していたことを知ったときは結構嬉しくなりました。
おわりに
『ラブ&マーシー』見なければ…。
